労働事例研究

弁護士法人裕後法律事務所所属の王子弁護士が、事例をもとに労働法の解説をします。

個別的労働関係法における「労働者性」

個別的労働関係法における「労働者性」について説明します。

【事案の概要】
当社(Y)は芸能事務所で、Xと契約期間を2年間とする「専属芸術家契約」を結んでいました。「専属芸術家契約」とは、Xが当社の指示に従って芸能に関する出演の他、それに関連するすべての役務を提供する義務を負う一方、当社は、Xに対し、月額20万円の報酬を支払うことというものです。

Xは、当社が契約したテレビ番組に出演していましたが、先日、番組収録中に不注意で足に大けがを負って1ヶ月間入院しました。当社は、足が不自由な状態ではXの芸能活動は続行不可能と判断し、Xとの「専属芸術家契約」を解除しました。

これに対し、Xは、「専属芸術家契約」の解除は無効であると主張して、労働契約上の地位の確認を求めてきました。Xは当社(Y)の労働者といえますか。

【説明】
ご相談の事例では、Xが、労働契約法・労働基準法上の「労働者」に該当するかが問題となります。

まず、Xが、労働契約法・労働基準法上の労働者といえるためには、「使用されて労働し、賃金を支払われる者」といえることが必要です。

労働者性については、
①仕事の依頼・業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
②業務遂行上の指揮監督の有無
③拘束性の有無
④代替性の有無
⑤報酬の算定・支払方法を主要な判断要素とし、
限界的な事例については、
⑥機械・器具の負担、報酬の額等に現れた事業者性の有無
⑦専属性等
も勘案して総合判断する必要があるとされています。

裁判例においては、
肯定例として、映画制作における撮影技師に関する新宿労基署長(映画撮影技師)事件(東京高判平成14年7月11日労判832号13頁)、モデル等専属芸術家契約に関するJ社ほか1社事件(東京地判平成25年3月8日労判1075号77頁)、
否定例として、オペラ歌手が労働者に当たらないとされた新国立劇場運営財団事件(東京高判平成19年5月16日労判944頁52号)があります。

本件専属芸術家契約は労働契約であり、Xは、労働契約法・労働基準法に定める労働者であると判断される可能性が高いと思われます。

労働条件変更の不利益変更
ー山梨県民信用組合事件(最高裁第2小法廷平成28年2月19日判決)をもとに

1 事案の概要
A信用組合は経営破綻を回避するため、平成15年1月14日、B信用組合に吸収合併された(以下「本件合併」という。)。本件合併に伴い退職金規程(以下「新規程」という。)が定められたが、A信用組合の管理職であるXは、新規程に同意する旨の文言が記載された同意書に署名押印した。平成16年2月16日、B信用組合も、C信用組合、D信用組合、E信用組合と合併し、Y信用組合となった。

Xは、Xに係る労働契約上の地位を承継したY信用組合に対し、新規程への変更(以下「本件基準変更」という。)は、場合によっては退職金が0円となるような著しい不利益を課すものであるから、変更の効力はXには及ばないとして、A信用組合の本件合併当時の退職金規程における退職金の支払いを求めた。
 
2 本件の争点
Xの本件基準変更に対する同意は有効か、労働条件の不利益変更の要件が問題となる。
 
3 本判決
本判決は、
①労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり、このことについては、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される(労働契約法8条,9条本文参照)、

②就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁,最高裁昭和63年(オ)第4号平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁等参照)、

③同意をするか否かについて自ら検討し判断するために必要十分な情報を与えられていたことが必要であり、就業規則を変更する必要性等についての情報提供や説明だけでは足りず、就業規則変更により生ずる具体的な不利益の内容や程度についても情報提供や説明がされる必要があると判示し、

④本件のような著しい不利益をもたらす可能性のある退職金規程の基準変更に対するXの同意の有無につき、十分な情報提供がなされていたか否かについて審理不尽、法令の適用を誤った違法があるとして控訴審に差し戻した(破棄差戻し)。
 
4 本判決の検討
就業規則の不利益変更は、合理性と周知性を要件として労働契約法10条によって可能であるが、同法第9条本文は、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」と規定していることから、同規定の反対解釈により、労働者の同意があれば就業規則の不利益変更は可能とされている。

したがって、労働者の同意があれば同法9条により、労働者の同意がなければ同法10条により、就業規則の不利益変更が可能となる。なお、同法9条の同意は、書面のみならず、口頭でもよく、明示の同意に限られず,黙示の同意でもよいとされている。

従前より、同法9条の労働者の同意があった場合、就業規則を労働者の不利益に変更することについての合理性がその要件となるかにつき、①合理性は要件として求められないとの見解と、②変更後の就業規則の合理性を必要とする見解があるが、多くの裁判例は、①を前提としつつ、有効な合意の存在について慎重な判断を求めている。

例えば,熊本地裁平成26年1月24日判決(熊本信用金庫事件)は、「・・同意の有無の認定については慎重な判断を要し、各労働者が当該変更によって生じる不利益性について十分に認識した上で、自由な意思に基づき同意の意思を表明した場合に限って、同意をしたことが認められると解するべきである。」としているし、大阪高裁平成22年 3月18日判決(協愛事件控訴審)は、「・・もっともこのような合意の認定は慎重であるべきであって、単に、労働者が就業規則の変更を提示されて異議を述べなかったといったことだけで認定すべきものではないと解するのが相当である。」としている。

本判決も上記争点につき、①を前提にしつつ、自由な意思に基づいて合意がなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する必要があることを明らかにするとともに、自由な意思を担保するものとしての情報提供の範囲や内容を明らかにした点に意義がある。

本件のような経営破綻回避のための吸収合併の場合やM&Aによる企業買収の際には、企業ごとに異なっていた労働条件を統一的に設定するため、賃金や退職金等労働者の労働条件を労働者に不利益に変更する必要が生じることがあり、本判決は、実務上参考になるもの思われる。

本判決は、最高裁判所ホームページ上(最高裁判所判例集)からも検索できます。

(以上は、王子弁護士が東京弁護士会LIBRAに掲載された判例評釈を加筆修正したものです。)

普通解雇の有効性
ー日本ヒューレット・パッカード事件(東京高裁平成25年3月21日判決)をもとに

精神的不調を訴えていた労働者に対する勤務不良を理由とする普通解雇が有効とされた事例
 
1 事案の概要
Y社は、電子計算機・電子計算機用周辺機器等の研究開発及び製造販売等を目的とする株式会社である。
Xは、平成14年11月よりY社の従業員となり、社内ウェブのメンテナンス,サポート業務に従事していたが、平成19年ころからうつ症状を上司に訴え、同年4月12日付と同21年1月23日付の2通の診断書をY社に提出した。

Y社は、平成21年6月30日、Xの勤務態度が著しく不良で改善の見込みがないとして就業規則の解雇規定に基づき普通解雇した。

Xは、「勤務態度が著しく不良」に該当する事実はないし、仮に勤務態度に問題があったとしても,本件解雇は社会的相当性を欠き無効であるとして、労働契約上の地位の確認の確認と、解雇後の未払賃金等を請求したが、一審(東京地判平成24年7月18日労経速2154号2頁)は解雇を有効としたため控訴した。
 
2 控訴審での当事者の主張
【使用者側の主張】
Y社は、解雇の根拠となる具体的事由として、
①Xが担当していたFRUリスト(保守部品のプライスリスト)への不正情報掲載、
②Xによる取引先への訪問中止要求及び訪問妨害行為など、
③ウェブ管理に関する業務遂行上の問題、④残業削減指示の無視、
⑤上司に対する「パワーハラスメント」発言、
⑥同僚との協業拒否、
⑦労働者の特徴を示すその他の事象として、組織内において勝手な行動をとること、業務能力やリーダーシップ能力が低いこと、他人の意見を受け入れず、自己の意見に固執すること、上司や他の従業員に対する非礼な言動
を主張した。

【労働者側の主張】
Xは、Y社主張の事実を否認するとともに、精神疾患をもつXにY社が不適切な対応をしていることや、Y社がXを排除する意図をもって不当な対応を長年繰り返してきたと反論した。
   
3 控訴審裁判所の判断
【結論】
Xに対する普通解雇は有効(控訴棄却)。
【理由】
Y社が主張する解雇の根拠となる具体的事実を概ね認め、Xは就業規則が定める解雇事由である「勤務態度が著しく不良で、改善の見込みがないと認められるとき」に該当する。
Xが主張する事情については、Xが労務軽減等の配慮を必要とするほどの精神的不調を抱えていたとは認めることはできないし、Y社がXを排除する意図で不当な対応を繰り返していたと認めることもできない。
 
4 検討
本件は、勤務態度不良を理由とする普通解雇の有効性が問題とされた事例である。

普通解雇の有効性については、主張された労働者の行為が、①就業規則に定める解雇事由に該当するかについての客観的合理的な判断と、②仮に、該当するとして、当該事実が、解雇するに足るだけの社会的相当性があるかの判断が必要となる。

【客観的合理的な判断】
勤務態度不良を含む職務懈怠の判断では、労働契約に基づく労務提供義務ないしは付随義務違反の程度や反復継続性を検討した上で、当該労働者に改善・是正の余地がなく、労働契約の継続が困難な状態に達しているか否かの見定めが重要である。

そしてこの見定めは、使用者の主観的な評価だけでなく、過去の義務違反行為の態様、使用者の改善要求、指導・教育の内容、これに対する労働者自身の対応等を総合勘案し、客観的な見地から判断されている(伊良原恵吾「普通解雇と解雇権濫用法理」白石哲編『労働関係訴訟の実務』274頁以下)。

本判決では、Yの主張したXの各問題行為の存在をすべて肯定し、「勤務態度が著しく不良で,改善の見込みがないと認められるとき」に該当するとした。

【社会的相当性の判断】
本判決は、社会的相当性についても、Xの主張事実を排斥して、これを肯定した。
本件では、Xが精神的不調に関する2通の診断書を提出していたことから、これを考慮した上でのXの能力評価の妥当性が問題となるが、この点について参考となる事例として、別件の日本ヒューレット・パッカード事件:最高裁平成24年4月27日判決(労判1055号5頁。以下「平成24年最高裁判決」という)がある。

同事件は、精神的不調を理由に40日間欠勤した労働者を、正当な理由のない欠勤を理由に諭旨解雇処分したことの有効性が争われた事案であるが、裁判所は、労働者の精神的不調を認知した場合の使用者の健康配慮措置として、「精神科医による健康診断を実施するなどした上で・・・その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべき」と判示し、これらの措置をとらないまま諭旨解雇処分を下すのは適切でないとして、解雇を無効とした原審判決を維持した。

平成24年最高裁判決は諭旨解雇が問題となった事案であり、本件のような普通解雇にはそのまま当てはまらないとの見解(木村恵子・経営法曹第177号31頁)もあるが、ともに労働者との雇用契約を一方的に解消し、その生活の基盤を失わせるという性質的な連続性を考えれば、懲戒処分にとどまらず、普通解雇にも及ぶ余地は十分にある。

もっとも,使用者の健康配慮措置義務については,精神的不調の軽重により当然その有無及び内容が異なってくるものであり、本判決は、医学的知見を前提として、Xが労務軽減等の配慮を必要とするほどの精神的不調を抱えていたと認めることはできないとして、健康配慮措置義務を認めず、Xの主張を認めなかったが、精神的不調の程度に関する認定が異なれば、当然違った結論も予想されるところである。

(以上は、王子弁護士が東京弁護士会LIBRAに掲載された判例評釈を加筆修正したものです。)

日本ヒューレット・パッカード事件判例評釈(東京弁護士会LIBRA掲載)
日本ヒューレット・パッカード事件判例評釈(東京高裁平成25年3月21日判決)

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